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心に冷たい感動を ー 「私を離さないで」 感想

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私を離さないで (ハヤカワepi文庫)

一部、ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

作品の概要

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも「提供者」だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度……。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく。(Amazonより)

本作を手に取ったのは

一年ほど前に読了した作品。当時はカズオ・イシグロがノーベル賞を獲るとはまったく想定していなかった。

日本のメディアの盛り上がりからそろそろ村上春樹が獲るのかなと思っていたし、そうでない場合は南米や欧州とかのよく知らない作家が選ばれることが多いような印象がノーベル賞にはあったので、自分が読むような作家が受賞するとは正直とても驚いた。

もともとイシグロについてはいくつかテレビドキュメンタリーでその作家活動について見聞きしていた。その中で村上春樹の作品が好きだと話していたのを覚えており、ちょっと興味を覚えていた程度だった。

本屋で手に取ったのは表紙がカセットテープの装丁で面白かったのと、何かの記事でちょっとSFっぽい話であるという情報を目にしており、海外の文学作品だけどとっつきやすいかなと思ったからである。

物語の雰囲気

物語を紐解いていくと、僕の脳裏にはイギリスの田舎の少し寒い風景が思い浮かんだ。 そして、悲しくてせつなくて残酷なストーリーが綴られていく。

主人公たちはある施設で寮生活をしており、そこでの生活を丹念に著していく中でその生活や主人公たちに悲しい秘密が少しづつわかってくる。 しかし、残酷なストーリーを展開していくのだが、文体も構成も非常に落ち着いた雰囲気をうまく出している。感情的になりそうな話をギリギリのところでキープしている。

それはまるで涙がこぼれそうなのを必死に堪えているようにも感じられるのだ。 それが僕の頭に浮かんだ先程の風景に妙に合うのである。

感想(ネタバレ含みます)

読後、主人公たち提供者の弱い立場なのに強く生きている姿勢というか生き様に、冷たい感動を覚えた。熱くはない。体の中心が少し冷えていくような、心が透徹していくような感覚が残ったのである。

なぜなら自分の運命がこういう風に決まったいたとしたら、主人公たちのように生きることができただろうかと考えたからである。 主人公たちのように生きる、つまり、確実な死がしかも自分の本意でない形でその死がやってくるのがわかっていながら、青春を過ごし、恋をして生きられるだろうか。

たぶん、自分にはできないだろう。臓器提供を行い徐々に弱って死んでいくのなら、いっそのことひとおもいに殺して欲しい。 生きながら体のピースをパズルのようにひとつひとつ取られていくのはあまりにも残酷である。

でも、結局、この作品の提供者でなくても、誰でも死は確実にやってくるものであるわけで、それなのに僕たちはそうとは思わずに生きていることをあらためて思い知らされた。

もう一度読みたい

一通り読み終えたが、読むときの自分の状況や気分によっては違う感慨を抱くような気がする。もう僕は若くないし、若くはなれないが、若いときに読んでいたらまた違った感想をもったかもしれないし、もう少し年を取ってから読んだらそれもそれで違う感想をもつかもしれない作品である。

みなさんに読んでもらいたいし、僕も再読することを楽しみにしている。